じゃがいも、にんじん、たまねぎ、お肉。

隠し味には、溢れる程の貴女の――――――









『Going Home』









「ご飯出来たよ〜」



万事屋にさんの高い声が響く。

それと同時に僕らは食卓へと集まった。



この食欲をそそるいい匂いは……

くんくんと鼻をひくつかせる僕の横で、ダルそうな声が聞こえてきた。



「オイオイ、まーた庶民カレーかよ」



ボリボリと頭を掻きながら、ブツブツ文句を言う銀さん。

そんな彼に彼女は平然と答えた。



「いいじゃない!カレー好きでしょ?皆」

のカレー、私好きアルよ」

「僕もです」



キャッホーと小躍りする神楽ちゃん。

それを見てさんは嬉しそうに微笑んだ。



「わぁい、ありがとー2人とも!たくさんおかわりしてネー!

 あ、文句言う人は食べなくていいですよー」



カレーをよそいながら彼女が言う。

すると、僕が受け取ろうとしたその皿を横取りしながら彼が続いた。



「バカヤロー、食いモン粗末にする事なんて出来ねぇだろうがよ」

「だって、庶民カレー嫌なんでしょ?」



神楽ちゃん用にこんもり盛った後、

しゃもじを持ったままくるりと振り返った彼女。



「何時誰が嫌だと言った」

「あ、そー。ハイ、どーぞ新八君」

「ありがとうございます」



ほくほくと温かい器を受け取って、相変わらずにおいしい料理を頬張る。

それと同時に、ひねくれた発言をしつつ結構なスピードで皿を片付ける、アンタ本当に大人?って人を横目で見やった。



もう、本当に銀さんは素直じゃないな。

おいしいって素直に言えばいいのに。

何だかんだ、毎回ちゃっかり2杯はおかわりしてるんだしさ。



……さんのご飯、銀さんが1番嬉しそうに食べてますよ。





こっそり微笑む僕の目には、

何だかんだ幸せそうな2人の姿が映っていた。



















あくる日、久しぶりの仕事を終えた帰り。

3人で家へと向かう途中に、神楽ちゃんがぐずり出した。

お腹からはけたましい悲鳴が鳴り響いている。



「腹減って死にそーアル」

「……皆我慢してるんだよ、神楽ちゃん」



きゅるるるとなるお腹をさする神楽ちゃんに、僕は唸るように呟いた。

彼女の方から悲鳴が聞こえる度に、僕のお腹も共鳴してきゅるるるとなるのだ。



「お前はアレか!か弱い女の子がお腹を空かしてるってのに見捨てて飢え死にさせる気アルか!」

「か弱い女の子からはそんなダイナミックな悲鳴は聞こえません!」

「お前もきゅるるるうっさいアルよ、ダメガネ!」

「今メガネ関係ないし!」



腹の減りすぎでだんだん気が立ってきた僕達。

声の調子が荒くなり、ボリュームも必然的に加速していく。

そのうちに、1歩前を歩いていた銀さんがキレて振り返った。



「テメーらうっせーんだっつのさっきからよォ!!」



それに飢えた猛獣の如き神楽ちゃんが突っ掛かっていく。



「何か食わせてくれたら黙ってやるよ天パー!!」

「少しぐらい我慢しろや!!」

「無理だ!」

「無理じゃねーよ、しろよ少しぐらい!」



ぎゃあぎゃあ騒ぐ彼らの一歩後ろに立つ僕は、

何だか色々と疲れてしまって、大げさにため息をついた。



……平凡で静かな生活を送りたい、本当。



















「いらっしゃいませー」



……結局。

飢えモードMAXな神楽ちゃんを止める事は不可能だったので、

こうしてファミレスへと落ち着いた僕達3人。



神楽ちゃんは満面の笑みで「いらっさいましたァ」と浮かれ気分。

そして銀さんは不機嫌そうに、お財布とにらめっこをしている。



「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押して下さい」

「ホーイ」



お決まりの愛想笑いというやつを残して去る店員さん。

その人がくれたメニューを、並んで座る僕と神楽ちゃんで覗き込んだ。



「久々にシティカレーでも食べるアルか」

「そーだね。……銀さんは何にします?」



向かいに腰掛ける彼に、僕は声を掛けた。

すると、窓の外をダルそうに見つめたままの彼が言った。



「俺ァいい」

「え?お腹減ってないんですか?」

「あァ」



おかしいな。

てっきり銀さんも減ってると思ったのに。

でもまぁ、いらないと言ってる人間に無理矢理食わせなくても……



そうして僕は、神楽ちゃんが押したボタンで現れた店員さんに、カレーを2つ注文した。



















それから程なくして。

いい匂いを漂わせた皿が2つ、僕達の机へと運ばれてきた。



究極に腹が減っている僕達は、

机に置かれるや否やいただきますと叫んで、皿にがっついた。



「よー食べるなお前ら……」



ガツガツ食べる僕達を横目で見ていた銀さんが、

よっこらしょと腰をあげて、ふらふら何処かへ歩いていった。



彼の背中を追いながら、

僕は口の中に広がる感覚に少し違和感を感じていた。



何か……

何かが違うんだよねぇ……



そう思いつつももさもさと口を動かす僕の横で、

同じ様に口いっぱいにもさもさする神楽ちゃんが呟いた。



「……何か物足りないアル」

「あ、神楽ちゃんも思った?」



そうしてお互いに少し黙り込んだ後、

僕達は勢いよくカレーをかきこみ始めた。



僕と同じ様に神楽ちゃんもかきこんだって事は、

きっと違和感の理由が解ったんだろうね。



カラン、と空の皿にスプーンを投げた神楽ちゃんが言った。



「……やっぱシティカレーはダメだ、ね、新八」

「そうだね。カレーと言ったらアレしかないよね」



やっぱり僕も同じ様にスプーンを投げた時、

さっきのそのそと立ち上がっていった銀さんが、遠くからひょっこり戻ってきた。



「あースッキリ……って、もう食ったのかお前ら」



どうやら厠に行っていたらしい。

いかにもスッキリな顔をしてお腹をさすりながら現れた彼は、

机に置かれた2つの空の皿に目を丸くした。



「もーちょっと味わって食えよな、折角銀さんがお財布さんと検討して……」



そう不満げな顔で見下ろす彼を遮る様に、

僕達はガタンと席を立ち上がってスタスタと歩き出した。



「オイ待て!お前らどこへ行く!」



後ろから不思議そうに尋ねる彼に、

足を止めた僕は振り返って微笑んだ。



「銀さん、帰りましょう」

「……あ?何だいきなり」



僕の言葉の意味を理解していないのか、

彼の頭上には?マークがたくさん見える。

それに構う事なく神楽ちゃんも続いた。



「早く早く」

「な、何お前ら」



何が何だかよく解っていないままの彼を引っ張って、

僕らは店の外へと向かった。



















「オーイ。今度はどこ行くつもりだーお前らー」



店を出てすぐ。

僕と神楽ちゃんは万事屋の方向とは逆の道を歩き出した。

そんな僕らの背中へ、1人未だ状況把握出来ていない彼が叫ぶ。



「そっちは思春期ヤローが行っちゃあいけない場所なんだぞー」

いーえ、と呟きながら振り返った僕は、

自信たっぷりに彼へ笑ってみせた。



「目的地はこっちで合ってますよね?銀さん」



僕の隣でも、神楽ちゃんが彼をまくし立てた。



「早くしないと置いてくアルよー銀ちゃん」

「ねぇ何なの、さっきからのお前らの変な含み笑い」

「「別に〜ィ」」



そう2人で笑ったと同時に、

ぐぅ〜という低音が僕達の耳に響いた。



「……あ」



少し離れた場所の彼が、小さく呟く。

それを見て僕達も、やっぱりと呟いた。



「なぁんだ、やっぱりアルか」

「銀さん、お腹すいてんですよね」

「いーや、違う」



さっきの低音は自分じゃないと言い張っているのか、

何故か空腹を認めようとしない彼。

そんな彼にお構いなしに、僕らは続けた。



「でも残念ながら僕らにはシティカレーなんか似合いませんよ」

「そーアル」



そして2人でにっと笑って、同時に言った。



「「カレーはやっぱ、庶民カレー」」



そうして、未だ少し離れた距離にいる彼に声を掛ける。



「庶民カレーのおいしい家、知ってますから」

「さ、行くアル」



僕の横でこーいこーいと手招きをする神楽ちゃんを見て、

彼は小さく笑った後、ゆっくりと僕らの方へ歩き出した。



「バカヤロー。俺が最初に見つけたんだからなソコはよぉ」



















3人で並んで、月明かりが照らす道を歩く。

銀さんの愛してやまない彼女が待つ、あったかい家へ帰りましょう。



そうして皆で、おいしいご飯を頬張りましょう。

彼女の作った、愛情たっぷりの庶民カレーを……









まぁ正直僕らはお邪魔虫かも知れませんが。

今日ぐらい許してくださいね。

……ね、銀さん?